《プロに学ぶ!》ボーカル・レコーディングのコツ

[記事公開日]2024/10/28 [最終更新日]2024/10/30
[編集者]神崎聡

高品質なボーカル録音を行うには、レコーディング・ブースのセッティングとエフェクトの適切な使い方が欠かせません。本記事では、レコーディング・ブースの基本的なセッティング方法から、音をさらに魅力的にするエフェクトの使い方まで、レコーディング・エンジニアの北城浩志氏に解説していただきます。プロフェッショナルな音質を目指して、ボーカル録音のポイントをしっかり押さえていきましょう!

北城浩志"

ライター
シンセサイザー・プログラマー、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、マニピュレーター
北城 浩志

音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、マニピュレーターとして椎名林檎のレコーディングに参加。マニピュレーターとして松任谷由実のレコーディングに参加。レコーディング&ミキシング・エンジニアとして、シンセサイザープログラマーとして、また作品のサウンド・プロデュースなど多方面で活躍する。リットーミュージックより「Pro が教える Vision for Macintosh」執筆。


  1. レコーディング・ブースの準備
  2. ボーカル・マイクのセッティング
  3. そのほか、ボーカル録音時に使用する機材/エフェクト

レコーディング・ブースの準備

デモのボーカル録音から本チャンの録音やコーラスまで、何かと多い、声の録音から説明していきましょう。ボーカルの録音はいつも気を遣います。マイク選びもそうですが、最も大事なのはボーカリストの体調、気分だったりはします。そこは録る側はなんとも出来ませんが、録る側も風邪を引いていたりしたら、折角ボーカリストが調子良くても台無しです。

場所と時間

まずは、どこで録音するか、自宅でも出来るし、リハーサルスタジオや録音スタジオ、いろんな環境が考えられます。スタジオ等を借りる場合、時間の設定(場合に寄っては料金も)も重要です。朝一で歌っても声は出ません。昼ご飯や晩ご飯の後、お腹が落ち着いた時間、13時からか、19時からがベストでしょう。
それ以外の時間になってしまいそうな時はボーカリスト自身が逆算して歌うちょっと前に小食を摂っておくといいでしょう。お腹が空いてもいい声にはならないし歌にはスタミナも必要ですから、お腹がすく前には録り終えてしまいたいものです。かと言って、お腹いっぱいでも歌えなくなっちゃった方もいましたが、、、、

歌う位置/部屋を作るという感覚

歌った声がその部屋でどう響いているかを聴いて確かめるのが一番です。私たちの使うプロ用のレコーディングスタジオでも大きなブースや小さなブース、どこを使うかで全く違う音になります。
ボーカルは当然、その音楽の中で一番聞こえなければいけない、一番前にいなければならないものです。遠くに聞こえてしまったのでは何を歌っているのか解らなくなってしまいますよね。
レコーディングスタジオで大きなブースしか無い場合や、リハスタでドラムを録れる様な広い部屋で録音する場合、そのまま録音すると、歌った声はマイクにも届きますが、周りに散って行って消えて行きます。
折角一生懸命歌った歌の何割がマイクに入っているのかボーカリストがいくら大きな声で頑張っても疲れてしまうばかりになってしまいますね。

部屋を選べる場合は人が3人ぐらい入れる部屋が丁度いいでしょう。4畳半ぐらいかな?
どうしても大きなブースで録る場合は、部屋の中に更に部屋を作る感覚で、小さなスペースを作る必要があります。レコーディングスタジオには「つい立て」と呼ばれる遮音板が用意されている所もあります。吸音する面、反射する面を意識しながら、両脇、後ろ、と囲いながら、自分で声をだしてみたり、手を叩いてみたりして、響きすぎない、吸われすぎない、丁度いい部屋を作ってみましょう。
「ついたて」が無い場合はマイクスタンドと毛布や何かぶら下げられる物でも代用は出来ます。レコーディングスタジオでもかなり見る光景です。部屋を用意して「○○ちゃん用専用部屋を作ってみたよ」ってボーカリストを連れて行くとボーカリストも嬉しくてやる気が出ますよね。

ボーカル・ブース
写真 Vocal Setting

逆に小さなブースや自宅で録音する場合は響いた歌声がすぐにマイクに戻って来てしまうのを注意しなければなりません。
マイクが狙っているボーカリストの後ろやマイクの後ろに毛布等を吊るしてみると効果的です。
小さいのを意識して響かなくなり過ぎて作ってある部屋では、耳が詰まってしまう感覚(自分の声が耳からより体の中から聞こえる様な感覚)がします。その様な部屋の場合は不要な物を置くのも効果的です。

まだある準備

さあ、部屋は出来ましたが、まだ準備する事がありますね。

まずはフロアマットです。立って歌う場合、リズムを取るのに足踏みをしてしまったり、靴音がマイクに入るのを防ぎます。

譜面台は殆どの場合必要でしょう。これが、なかなかの厄介者です。録音する側にとっては無い方がいいぐらいです。出来ればボーカリストが歌詞を完全に暗記してくれるのが一番いいですが、実際は出来たばかりの曲を歌う事が多いでしょうから、無くす訳にもいかないでしょう。譜面台はボーカリストの目線がいく範囲で無ければならないので、当然マイクの近くになってしまいます。声の響きで譜面台が響いてしまって変な金属音や紙がビリビリする音がする事があります。出来ればプラスチックか木製の板の物がいいでしょう。金属製の板の場合、響かなくなる様に布で覆ったり、何も用意出来なければ雑誌等を1冊置くだけでも響きは止まります。譜面台を叩いてみてコッコッっと響かなければOKです。

譜面台の鳴りが止まったところで、セッティングする向きですが、歌った声が譜面台に反射してマイクに入ってしまわない様にボーカル、マイク、譜面台の3角形の外側に向けますが、詞が見えにくくならない範囲にしましょう。

ボーカル・マイクスタンドと譜面台

譜面台にエンピツ、赤鉛筆等も用意を忘れずに。譜面台が用意出来た所でヘッドホンですね。キューボックスがある場合は譜面台と反対側にボーカリストが歌いながら手の届く所に置きます。低いキューボックスの場合は椅子とか台で手が届く様に調整します。

最後にお水ですが、お茶やウーロン茶は油分が失われて、どんどん声がガラガラになって行くのでやめましょう。コーヒー、紅茶も同様に声にはよくありません。砂糖等が入っているとリップノイズ(口を開ける時に唇が離れた瞬間に出るピチっというノイズ)の原因になりますので、ジュースも注意が必要です。一番いいのは水ですが、そこでも注意が必要です。硬水と軟水というのがあります。ミネラル分の量ですが、硬水は声に良くありません。軟水と書かれているかどうか確かめて用意しましょう。日本製ならばまず軟水だと思います。それも、常温の方がいいです。歌入れ用にスペシャルドリンクを用意されている方もいらっしゃいました。生姜を刻んで水と一緒に電子レンジであたためたり、はちみつやレモン等も喉の炎症を押さえるのには効果があるそうです。
これで、ボーカルの準備は全て出来ました。録音する前にクタクタになりそうですね。

ボーカル・マイクのセッティング

いよいよマイクのセッティングですが、まずはマイクのチョイスです。
前述の様にマイクにはコンデンサーマイクとダイナミックマイクがありますが、ボーカルの場合は人と場所によって一概にどちらがいいとは言えません。
場所によってのチョイスですが、レコーディングスタジオ等の雑音が無く、適度な響きが得られる場合はコンデンサーマイクの方がいいでしょう。コンデンサーマイクは感度が高く細かい部分をも残さず録ってくれますが同時に周りの音も一緒に録るので環境に大きく左右されます。


写真 AT4060

自宅の様に周りに雑音があったり、音が響いていたり、ピアノやギター弾き語りの場合、近場の音しか録音しないダイナミックマイクの方が有利です。


写真 Bayer

歌う人によって、相性もあります。こればかりは試してみないと解りませんね。
レンタルスタジオ等でマイクを借りる場合もあるかと思いますが、ボーカリスト自身もマイクに興味を持って、このマイクは自分が歌おうとしている事をよく捉えてくれたと思ったらメーカー名や型番を覚えておくといいでしょう。マイマイクを持って歩いている人もいますよね。マイマイクを探す為にもいろいろ試してみるのはいいと思います。

私もレコーディングスタジオででも同じ型番のマイクでもコンディションは様々だし、あちこちのスタジオで同じアーティストの歌を録る事になったりするので、オーディオテクニカのAT4060を常に持ちあるいて、それで良ければそれで、満足いかない場合はスタジオのと比べてみる事にしています。

ボーカルマイクのセッティング

よくレコーディング風景をテレビ等で見たり雑誌とかで見ると上から吊るしている様なセッティングをよく見ると思います。一般的なセッティングです。
ただ、マイクが上にありすぎると歌う時に上を向いてしまって喉を絞めてしまう事になりかねません。声は当然口から発せられる訳ですが、鼻声と言われる口以外からの頭全体が響くイメージを持って歌っている人も多く、私は多少下から顔全体を狙うイメージでセッティングしています。
下からだとケーブルが下にあって歌いづらいというアーティストはもちろん上からにしてあげます。ボーカリストがパフォーマンスしやすい事を念頭に考えましょう。
マイクと一緒にポップガードもセッティングした方がいいでしょう。


写真 Vocal OD

マイク使いはボーカリストの責任だけど

セッティングが総て整ったらいよいよ録音ですが、歌う時には立って歌う人が殆どでしょう。立っているという事は動かないマイクに対していつも同じ距離で歌う為には、歌う人が歌う距離、方向を常に意識しなくてはなりません。
録音している側もマイクと離れていないか注意しながら、トークバックで指示してあげて下さい。
歌詞カードに夢中で譜面台の方を向いてしまうとほっぺたの音を録られている事になります。目線は譜面台でも口はマイクの方に向いている事を常に意識しましょう。
好みによっては、椅子に座って歌ってみるのもいいでしょう。
高度なテクニックですが、小さな声で歌いたい場面では近寄るとか、だんだん消えて行きたい時は自分が声を小さくするというよりはマイクから左か右かへだんだん避けていくとかしてみるといいでしょう。マイクを通った声がヘッドホンにどう帰ってくるか試してみてください。

ヘッドホンも気をつけて

歌を録音する場合、ヘッドホンを着けてオケを聴きながら歌だけを録音する訳ですが、ヘッドホンのバランス、音量もかなり大事です。
キューボックスがある場合はオケ以外に自分の声を足したり、クリックを別音量で調整したり出来るでしょう。無い場合はDAW等の中で歌う為のバランスにしてあげなければなりません。

  • 注意点1:ボーカルが大きくてオケが小さいとピッチが取れなくなり音痴になります。
  • 注意点2:ボーカルが小さくてオケが大きいと声を大きく出し過ぎになり、歌が平坦になります。よく、ヘッドホンをしながら話をすると大きい声で話す人がいるでしょう。あの状態です。
  • 注意点3:歌の為に最低限な楽器、リズムを取る為の楽器、ピッチを取る為の楽器を意識しながらバランスを取ってあげる、不必要と思う楽器はボーカルを録音する時だけ下げておいても構わない。
  • 注意点4:歌う人が実際どのぐらいの声量で歌っているか注意する、ヘッドホンを着けていると解らなくなってしまう場合もあるので、ヘッドホンをしないで歌ってみて、その時とヘッドホンをした時の差を少なくした方がいいでしょう。片耳をヘッドホンを外して歌うのも効果的です。外した方の耳からは自分の声を聞きます。その場合ヘッドホンの片方は外した片方を耳の後ろに持って行ってヘッドホンからの音漏れが少なくなる様にしたり、外した側に送らない様にするとかして漏れた音をマイクが拾わない様に注意してください。

そのほか、ボーカル録音時に使用する機材/エフェクト

ボーカル録音こそチャンネルストリップという強力な武器

ボーカルを録音する為にと、よく機材購入の相談を受けますが、録音する機材は揃えてマイクも一応あるけど、次はと聞かれて、真っ先に挙げるのがマイクアンプです。チャンネルストリップとも呼ばれるこの機材はマイクアンプ(ヘッドアンプ)、コンプレッサー、イコライザー、ディエッサーがボーカルの為に丁度良く組み合わされています。これらを組み合わせて動作させて、いい結果を生み出す為にその一つ一つの働きを十分理解しなければなりません。
私は常にforcusriteのISA220を持ち歩いて殆ど全てのボーカルはそれでレコーディングしています。


写真 ISA 220

ヘッドアンプ

ボーカルでもHAのレベル調整は大切です。
一番大きく歌った時に歪まない様に、でも何度も調整してると、歌い手は疲れますから、素早く調整しなければなりません。1度歌ってる間に調整出来る様にしましょう。声が出て来ると大きくなって来る人もいますので、多少の余裕も必要です。

ボーカル録音時のコンプレッサー

私のエンジニア2作目だった「椎名林檎」のデビューから1stアルバムまでは、かなりリリースの短いコンプのキツい掛かり方を聴く事が出来ます。録音の時とミックスの時に2回ともコンプを使う事が多いと思いますが、録音の時に「椎名林檎」的なコンプを掛けてしまうと、もう、元には戻りません。

コツは録音の時には一番大きいサビ等で多少掛かる程度でナチュラルなコンプを掛けて録音するレベルをなるべく大きく出来る様にします。ミックスの時には曲によってコンプのイメージはいろいろ考えられると思います。「椎名林檎」コンプは極端ですが、言葉の始めのつぶされ具合(アタックタイム)、言葉の終わりやブレスの持ち上がり具合(リリースタイム)、曲全体を通してのAメロとサビとの掛かり具合(スレッショルドとレシオ)等を聴きながらその曲にとって一番効果的になっているかを考えながら調整します。

ボーカル録音時のその他のエフェクター

マイクアンプ、コンプレッサーと流れて来た音は,ディエッサー、イコライザーへ入って微調整した後にアウトプットレベルで適正レベルにしてレコーダーに行く訳ですが、EQは生で歌っている声とスピーカーから聞こえる声が違う場合に修正するぐらいがいいと思います。フィルターが着いている場合、LowCut(HiPass)しておくと空調ノイズや足踏みの音等スタンドから伝わってくる音をカットしたり不要な低音を録音せずにすみます。

ボーカル録音のDAW

ボーカルは長い時間を掛けて録音すると、どんどん、声が変わって行ってしまいます。なるべく短い時間で録音する事を心がけましょう。頭から最後まで通して一気に間違いなく歌えればそれに越した事はありませんが、どうしても修正は必要でしょう。通常の楽器はパンチインして間違った箇所を修正しますが、ボーカルの場合は数本のチャンネルを用意して数テイク録ってみてから考えます。

テイクは、頭から最後まで通して録音した方がいい人もいれば、セクション毎に録って行った方がいい人もいます。数テイク録音した後にエディット用のトラックを用意して、一番気に入っているテイクをベースに、気に入らない部分を違うテイクと差し替えて行きます。テイクとテイクの継ぎ目や歌の出始め終わりではフェードも忘れずに書いて下さい。写真は個々のトラックで表現していますが、プレイリストやテイク等、DAW側で、その為の機能があります。


写真 Vocal Select

リップノイズ処理

プチッというリップノイズはどうしてもボーカルの録音には付き物です。唇と唇が離れる時に出ますので、 水を飲んでもらう等して、少なくしたいですが、どうしても出てしまう時は波形を見て消してしまいましょう。
大抵の場合は声を発する直前、大きな波形の直前にあります。声が無い部分の場合はその部分をカットしてしまいましょう。


写真 Rip Noise 1

発声している途中でも出てしまう時があります。その時は前後の1波長分の波形を持って行くとうまく消せます。


写真 Rip Noise 2

それでも消えない場合はノイズリダクションプラグインで消す事になります。

バックグラウンド・ボーカル

バックグラウンド・ボーカル(コーラス)は、一人の場合、基本的にボーカルの録音法と変わりありません。
数人で一度に歌う場合、コンデンサーマイクを無指向に変えると周りのどの方向の人も録音出来ます。それぞれの人のバランスは声量や距離で調整します。距離はコントロールルームで聞いてみて、大きいと感じた人に後ろに下がってもらいましょう。
この図の場合、Cho4の人が大きい声の持ち主です。


図 Chorus Rec

※当サイトではアフィリエイトプログラムを利用して商品を紹介しています。